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てなわけで
学校が始まると慌ただしい日々が続きます。

「体罰」が原因で自殺した高校生の件は
本当にお気の毒としか言いようがありません。

けれども
遺書によると自殺の原因は確かに「体罰」だったのかも知れませんが
原因を一元化して「体罰」に集約することが
問題を解決することには繋がりません。
なぜマスコミは問題を単純化して
賛成か反対か
善か悪かという構図をつくりたがるのか
分かりやすくすることが良いなんて思ってしまうのか?
そんな疑問ばかりを感じます。

何故なら
「体罰」があったと言う事は事実だし
直接的な「きっかけ」であったのだと思いますが
原因はもっと複雑なものだと思います。

例えば「体罰」という手段ではなく
違う手段で彼を追い込んでいくという方法もあったのです。
それでも精神的に追い込まれた彼は自殺を選んだかもしれません。

根本的な問題は彼が「辛さ」から逃げたかったということで
「逃げること」を許さなかったという構図です。

人間は辛い時は逃げ出すことも必要です。
ですが辛いことから逃げては確かに強くはなりません。

辛い状況から脱出するためには大きく分けて2つの方法があります。
ひとつは「逃げること」(最近は子供が逃げるより先に母親が逃がそうとする場合も多いです)
もう一つはその状況を乗り越えること。(大人は理想的には勿論子供にこれを望みます。)

ここでの問題は逃げることは「悪」であると信じる教師です。
この教師も恐らく信念を持って生徒に対していたことは容易にうかがえます。
逃げることを許さないことで
辛い状況を乗り越えることで
この生徒は成長できると信じていたに違いありません。
この教師は
逃げることを許さないという気持ちが「体罰」という手段をとったに過ぎません。
彼は殴られたから追いつめられたのではないと私は思います。
逃げることを決して許さない教師の「良心」が彼を追い詰めたのだと思います。
なぜなら
確かに死に程殴るような体罰をこえた暴力もあるかと思いますが
そういうことはないというのは、卒業生たちの意見からも感じられます。
私が思うに
問題は彼に逃げ道を用意しなかった大人の責任なのです。
「逃げる」ことは時には必要だということを理解しようとしない大人のエゴが
最もおおきな原因であると考えられます。

どんなに厳しい指導であっても
そこに愛情があればきっと分かってもらえる。

確かにそうです。
でもそれは
辛い状況を乗り越えた人間が結果的にそう思う事であり
逃げることを選んだ人間には通じないことなのです。

逃げるか逃げないか
そこは結局子供であっても子供に選択させなくてはならない。
酷い言葉や暴力で
子供の選択の自由を縛ってしまえば
最後は死しかないと思うかもしれないと思うのです。

「女王の教室」という番組が昔ありました。
先日再放送を観たのですが
彼女の厳しさは一見異常に見えますが
子供は結局自分の意志で行動している
イジメに加わるのも
スパイになるのも
勉強するのもしないのも
そういう選択の余地を残した厳しさが必要だったのではないかと思うのです。
そういう意味で私は
ここに描かれている教師は立派だと思います。
教師だってここまで強くないから
「逃げる」「曖昧にする。」「ほどほどにする」それが現実じゃないかと思います。

残念ながら
子供たちのためにという教師の熱意は
結局自分の自己満足や
自分の価値観の押しつけになっていることが多いのです。
長年教師をやってきて
感謝する生徒もいるでしょう
けれども
自分の考えについてこれなくて脱落していった多くの生徒たちの事
そのことを忘れて
成功した生徒たちの記憶だけで自分を正当化していくことに
ベテラン教師の落とし穴があるのだと
そんなことをつくづく思い
自分自身も反省するのでした。