SHUN先生の腹黒日記

 高校教師&劇作家・演出家  SHUN先生(早瀬俊)の超現実的日常

文化祭終わりました。学校のこと、母親のこと、久しぶりに色々。




てなわけで
ようやく今年の文化祭も終わりました。
まあ、なんとか演劇部は今年も続いたのですけど
こんなに手間がかかるものをやろうという生徒が少なくなりました。

何度か書いていますが
今年は村上春樹さんの作品を戯曲化して上演しました。
見てくれた方々には概ね好評でしたが
稽古不足でまだまだ改善できることも多かったです。

今回は著作権の関係で脚本も公開できませんが
いつか本当の著作権許可をいただいて上演をしたい作品でもあります。

 ☆ ☆ ☆

さて、このところ忙しくはないのですけど
精神的に余裕がなくてブログも書く気持ちになりませんでした。

某学校も全国優勝したおかげで
部活動の活動停止ってことになっている様子です。
極端な措置をとらないと世間が納得しないということだと思いますが
本筋からいうと校長のが責任がどうなっているのだということになりますね。
そういう議論は昔から出てこない学校ではあるのですけど。

それにしても輝かしい情報だけが
世間を飛び交いますから
誤解をしている人も多いかもしれませんが
あそこでは様々な不祥事が毎年のように起こっていました。

私に言わせると教員を権力で縛り付けているだけで
教育者としての人材育成に努めていないこと
だからこそ、起こるべきして起こる事件が多いのだと思います。
こんなことを言うのも申し訳ありませんが
だから、校長が何と言おうと自分の考え方で行動しようとした
私は体育教員達から嫌われていましたね。

☆ ☆ ☆

さて、ちむどんどんの母親が
数々の問題行動をし
幼いころから万引きしたり、詐欺やねずみ講に手を出す長男を
「心がきれいでまっすぐな子」
と言ったことでSNSはざわつきましたが
このような母親が子供をダメにするいうこと。
その辺に転がっていることなのです。

子供が嘘をつく、
悪いことをする

でも母親は
「本当はこの子はそんなことする子ではない。
 心がきれいで、優しくて、まっすぐなんです」
なんていう。
これは学校の教員をやっていると本当によく聞く科白なのです。

子供を叱ることができず
「あなたがこうなったのは私のせい」
というのですけど
それって本当に子供のことを考えているのではなく
良い母親を演じたい人間の自己満足に過ぎません。

世間に学校に迷惑をかけることより
自分達の関係が悪くなることの方が深刻なのです。
だから、こういう環境で育った子供は徹底的に嘘をついたり
親を騙して生きるようになる。
だって、大人なんか騙すのが簡単だと幼いころから感じているからです。

そんな典型的な実はよくいる母親に育てられたのが賢秀君で
実は作者は考えが深くて
現代の親を風刺しているのでは

いや、違うだろうな。












外は白い雪の夜



真っ白だった。
まるで突然降った雪が朝日に反射された草原のよう
真っ白なページに何が書かれていたのか私は知りたい
そう思ってずっとここで待ち続けていたの
真っ白なページと真っ白なティーカップとオレンジ色の液体と
セピア色に木製のテーブルを染める灯りと

船を出すのなら九月という歌がありました。
私はあの日同じように海を見ていました。
あんなに賑わった夏が過ぎ
あんなに賑わったニシン漁が歴史の中に埋もれ
ただただ灰色の海が何処までも繋がっていて
灰色の砂が裸足の私の指の間を通り抜ける

町でただ一人の医師
人々から神様のように感謝されていた父
誰にも笑顔を絶やさない父
そんな父が真夜中にウイスキーのグラスを眺めていたことがある
氷をはじきため息をひとつ
そして私に気付いてまた無理な作り笑いを浮かべた

僕は本当は画家か詩人になりたかったんだ。

始めて私に向かって父としてではなく
一人の人間として語り掛けた翌日
彼は脳梗塞で倒れて札幌の大学病院まで運ばれた

海しかないあの町から札幌までは遠すぎて
父は帰らぬ人となりました
だから私は父と母が初めて出会ったこの街に戻って来た。

高校に行かなくなったことには特に理由はありません。
授業の内容が退屈なのは日本全国共通のことだし
ただ、海が見たくても観ることができない寂しさを
埋めるどこか居場所が欲しくて
気付くとここに座っていました。

母はほとんど家から出ることはなくなり
誰が話しかけても無表情な顔から
ぼんやりとした視線を壁に向けるだけになりました。

だからと言って私は何かに絶望したとか
自分が不幸だとかそんな風に感じたこともなく
ただ父が何故画家や詩人にならなくて
医師になったのだろうと
そればかりを考えるようになりました。

原稿用紙に向かうあなたを見かけ
眺めるようになったのもそんなことが理由だったのだと思います。
もしもそれが唄に出来るものなら
私は唄ってみたいと思うようになったのも単なる妄想で
狭いアパートでピアノを弾くこともできなくなった私は
駅裏倉庫の隅でギターを弾くようになりました。
でも
どうして私たちはあの頃一度も話をすることがなかったのでしょう。
今思うとそれでも私たちはお互いにお互いの事を良く理解していたような気がします。
だから何も話すことがなかったのだと思います。
不思議ですね。
あれから何十年も経っているのに
私たちはあの時のままの姿でこうして再会している。

そして今
私が話したことが
この真っ白だったはずのページに書かれている。























映画「荒野に希望の灯をともす」を観てきました。



てなわけで
殺伐としたニュースをも観るのも嫌になってきたので
映画「荒野に希望の灯をともす」を観てきました。
いうまでもなく、中村哲医師のアフガニスタンでの軌跡をまとめたものです。
本では読んでいましたが、改めて劇場の画面で観ると
なんとも感慨深いものがあります。

何故世界では戦争が起きているのか
自ら生命を絶つ人々が絶えないのか
人間は生きるために生きるでよいのではないか

人間にとって生きるために必要なものは水と食料
そして家族や近隣の人々との信頼

何故単純ではいけないのか
何故戦争によって人を殺す人間は自分の正しさ主張するのか

空に飛ぶヘリコプターの一台で
どれだけの用水路を建設し水を確保できるのだろう

イデオロギーとか民族紛争とか宗教対立とか
そんなものは人間の脳が下手に発達したために
起こった悲劇ではないのだろうか

人は何故この大地に生まれてきたのか
それは誰も答えることはできない
ただ、生まれてきた以上は生きる権利と
生きる義務がある

そういう原点に返って考えることは
もはやできないのだろうか?

地球温暖化で最も被害を受けるのが
貧しい地域だ
戦争によって被害を受けるのも
同様だ

もっと単純に
もっとシンプルに
もっと人間という生き物は何か
そんな風に考えることの大切さを大切にしたいと思う。







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