SHUN先生の腹黒日記

 高校教師&劇作家・演出家  SHUN先生(早瀬俊)の超現実的日常

槇原敬之逮捕…「ハングリー・スパイダー」の思い出



てなわけで
またまた覚せい剤で逮捕の衝撃。
まあ、今後の情報を待つとしても
先日「バルタン星人はギンギラギンにさりげなく」舞台の話をしたせいかなって
深読みしてしまいます。

「ハングリー・スパイダー」はこの芝居の後半で
主人公の幼稚園のときの回想シーンで流れる曲です。
誕生日のお祝いに園児全員が一斉にこの曲に合わせて踊るという
しかも、逮捕直後でCD回収、曲の配信停止、主題歌のドラマにも影響がって
いうときに…。

「先生、この曲幼稚園ではまずいんじゃないですか?」
「いいのよ、先生好きなんだから。
 皆も、彼(槇原)が早く復活するように祈ってね。」

という科白が途中で入る。
やっぱり高校演劇コンクールで上位入賞なんか狙わないという気持ちは
本当に強いもので(笑)
 なぜだか大人の審査員員には高い評価を受けましたが
高校演劇コンクールに出場している健全な高校生審査員は引いてしまって
 結局は東北大会に僅かの差で出場できんかった。
(観客席の受けが良かったことが一番嬉しかったです!)

 でも、小劇場・アングラ精神を最もストレートに出した作品で
当時の大人の劇団を交えた仙台演劇界でも高い評価(?)を受けました。

http://www43.tok2.com/home/e-s/bakku/koukou.html

当時もあっと言う間にそれまで神のように持ち上げていた彼を
一夜にして一斉に叩きまくるこの社会に抵抗したい。

同級生を殺害してしまった少年を当時
今どきの若者の異常性、特殊性に押し込めようとする世間の風潮に抵抗し
彼だって普通の少年だし
貴方だってもしかしたら
いつか犯罪者になるかもしれないんだよ
という強い思いがあったことは事実です。

まあ、東北大会に出ていたら
きっと袋叩きだったでしょうね。

それから、生徒審査員制度ともに
宮城県の高校演劇は東北大会でも受け入れられる
私にはちょっと恥ずかしくて書けない立派な芝居が増えてきます。

最後に
どういう状況で書いたにせよ
この「ハングリー・スパイダー」は名曲です。
槇原敬之の他の曲とは次元が違うと思います。

ぜひ、まだ聴いていない人は、今のうちに。



 

久々に「騎士団長殺し」を読みました。






てなわけで、久々に「騎士団長殺し」読んでみました。
最近、新刊が出ないせいか
村上春樹を読む頻度は少なくなりましたが
久々に読んでみて
「やっぱりすごいな」
そう思うしかなかったのです。


 ☆ ☆ ☆

僕らは何かを諦める必要があるのではないだろうか
この世を正義に溢れた国にしなくてはならないなんて
そんなこという人間は暑苦しいだけなのに

自分の存在価値を認めてもらうだけの正義ならばなおさらだ
そんなもののために貴重な読書の時間を失う必要がない
そんなことに時間を取られるくらいなら
スパゲティをゆでていた方がましだ

醜い人間を許せないなら
そんなものを無視するがよい
人間無視されることの方が
非難されることよりもずっと苦しいのだから


街にはウイルスが攻めてくるという
昔見た宇宙人が攻めてくる映画と同じだと思うのか
人間は細菌やウイルスを排除して生きることはできない
それは地球の掟なのだから
共存する道を探さなくてはならないというだけだ

駅への通り道で女の子が泣いている
僕は声を掛けることさえできない
「どうしたの?」と
声を掛けて人間関係が生まれるなんて
もはや映画の世界にしか存在しない。

こんなにも現実を愛し、憎んでいるのに
実際に僕らが求めるイデアやメタファーは
物語の中にしか存在しないなんてね

悲しいね。


























「ラストレター」を観ました。感想に代えて



てなわけで、映画「ラストレター」観て来ました。
小説は読んでいたので、あらすじは頭にあったのですが
岩井俊二監督の映画の原作として書かれたものであったせいでしょう
映像の方がストンと胸に落ちました。

映画の感想はネットで皆さん書いている通りで
役者があて書きされたかのように皆さんしっくりハマっていた。
福山さんの役は彼でなければちょっときもい中年になってしまうだろうなと思います。
松たか子、広瀬すず、森七菜といった女優達も、静かな中に
しっかり役の心をつかんでいたような気がします。


☆ ☆ ☆

人間は過去について語るとき
多かれ少なかれそれはフィクションになってしまいます。
できるだけ事実に基づいて、正確に、誠実に
そう思えば思うほど語る思い出は物語と変化していきます。
物語になった瞬間それは「嘘」になってしまいます。
それは嘘じゃないんだ、本当に起こったことなんだ。
そう思えば思うほど、その瞬間に起きた出来事や想いから遠ざかって行くような気がします。

自分の過去について誰かに話をするというのはそういうことだから
他人の思い出話を聞くときは、そういうものだと思って受け入れることが大切かなと思います。

☆ ☆ ☆

その昔、一通の手紙をもらいました。
僕はその返事を書こうとして幾晩も眠れない夜を過ごしました。
手紙の内容はたわいのないものだったと思います。
先日廊下ですれ違ったのにどうして挨拶もしてくれなかったのか?
最近私のことを避けているんじゃないのだろうか?
私はあなたに対して何か失礼なことをしたのではないだろうか?
できれば修学旅行のときのように一緒にお弁当を食べたいのだけど
そういうのは迷惑だろうか?

返事を待っている手紙
僕はなんらかの返信をしなくてはならない。
彼女を好きとか嫌いとかそういうことはともかく
手紙をもらった以上
僕に尋ねている以上
無視するのは一人の人間として失礼だから
僕は返事を書くべきだろう。
そして誤解している部分についてはそれを解くべきなのだろう。

そうやって3日3晩返事を考えたのだけど
その言葉は頭の中をクルクルと回転するばかりで
実際文字にしてみるとすごく陳腐な言葉しか思いつかなくて
しかも僕の字はとても女性が読んで素敵な字だと思うような代物でなくて

そうやって返事を出さずに一週間ほどが経って
僕たちは放課後、生徒会室の前で顔を合わせる。
彼女は微笑んでくれたけど
僕は目をそらした。

それはきっとしてはいけないことだったのだけど。
せめて「手紙ありがとう」と言えばよかったのだけど
夕焼けのセピア色の照明が廊下に差し込んだ
次に僕が顔を上げると
彼女は泣いているように見えた
そして振り返って走り去ってしまった。

その後、それでも僕は返事を書くべきだったのかもしれない。
新年度に入り、僕らは別々のクラスになり
受験で忙しくなったこともあって話すことは勿論
廊下ですれ違うこともなかった。

そして僕達は卒業し
今は別々の家庭の中で生きている。

まあ、そんなことはよくあることなのだろう。






























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